平和や教育の大切さをつなぐ(7月12日)

教育や平和への熱い思いを伝える高坂さん
市と市公民館協議会、上伊那教育会は、赤穂公民館で駒ヶ根平和講座を開き、約250人が聴講しました。これは、昭和100年や戦後80年の節目に当たる今年、戦争と平和、教育を考える機会として開催されました。講師に、市教育長や駒ヶ根協力隊を育てる会会長を歴任した高坂保さんを迎え「戦時体験から痛感する戦争と平和と教育と」と題した講演が行われました。
七久保村(現在の飯島町)で生まれた高坂さんは、飯田中学在学中に海軍へ志願し、昭和19年に予科練へ入隊。厳しい訓練を受けたものの、実際に戦地へ赴くことなく終戦を迎えました。終戦の訓示を受けた時の心情を「国のためにまだ戦うぞ」と憤慨したと話しながらも、一息ついて冷静になり終戦に安堵したと振り返りました。
終戦後、高坂さんは引き揚げ船の航海士に従事。負傷した兵士と接する中で「戦争の悲惨さを深く実感した」と語りました。戦争が起きた背景には「教育のあり方の問題があった」とする艦長の言葉が心に残り、教職の道に進みました。
最後には「戦争がどれほど罪深いものなのか知り、次の世代につないでいってほしい。戦争は二度と起こしてはならない」と力強く訴え、講演を締めくくりました。
七久保村(現在の飯島町)で生まれた高坂さんは、飯田中学在学中に海軍へ志願し、昭和19年に予科練へ入隊。厳しい訓練を受けたものの、実際に戦地へ赴くことなく終戦を迎えました。終戦の訓示を受けた時の心情を「国のためにまだ戦うぞ」と憤慨したと話しながらも、一息ついて冷静になり終戦に安堵したと振り返りました。
終戦後、高坂さんは引き揚げ船の航海士に従事。負傷した兵士と接する中で「戦争の悲惨さを深く実感した」と語りました。戦争が起きた背景には「教育のあり方の問題があった」とする艦長の言葉が心に残り、教職の道に進みました。
最後には「戦争がどれほど罪深いものなのか知り、次の世代につないでいってほしい。戦争は二度と起こしてはならない」と力強く訴え、講演を締めくくりました。
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更新日:2025年08月18日