市長コラム「雑記帳」
伊藤市長のコラム「雑記帳」は、市報こまがねに毎月掲載しています。
令和8年10月号
夜空を鮮やかに彩る花火
この夏、市内2つの花火大会に参加した。共通する魅力は距離の近さだ。火の粉がかかりそうな中、見上げると視界いっぱいに光の輪が広がる。都市部ではできない体験だ。
駆け出しの記者時代、風物詩は重要な取材テーマだった。夏は花火。しかし、フィルムカメラで捕えるには、シャッター速度や露光などの調整や経験が必要だ。まさに、カメラマンの腕の見せ所だった。
デジタル時代となり、スマホでも簡単に撮影できるようになった。花火が開くタイミングにさえ合わせれば、腕も経験も不問。貴重だったはずの作品は珍しくなくなってしまった。
撮影時に画像をチェックでき、暗室でフィルムを開く緊張も消えた。技術の進歩は人と機械の境を曖昧にする。それでもアナログ記者の記憶が、最後は腕の勝負だと叫んでいる。
令和8年9月号

花壇に咲き誇る花々
令和8年8月号
大沼湖から見上げた空
「一生ものだったのに」。久しぶりに出したスーツに、買った時の記憶がよみがえった。値段に躊躇したが、良いものなので長く着られる。投資は取り返せる。そう考えて手に取った。
変化が少ないとはいえ、スーツにも流行はある。バブル当時、誰もが着ていた肩パット入りダブルを今、見ることはない。襟や身幅もゆったりとスリムを行ったり来たり。生地や柄も年々変わる。
生涯の付き合いを誓ったはずの相手はくすんで見えた。どうにも「今」ではない。着てみて落ち込む気持ちは、どうにもならず、結局、ハンガーに戻した。
王侯貴族ならスタイルだと押し通すだろう。変わらぬことに価値があるからだ。たかがスーツ。自分があれば揺らぐことはない。とはいえ、再び手に取れるか。とりあえず奥へ押し込み視界から消した。
令和8年7月号

令和8年6月号
美しく咲くミズバショウ
「私の記憶が確かならば」そんな決め台詞の料理番組があった。深夜の記者クラブ。つけっぱなしのテレビから流れてくると週末になったと感じたものだ。
人は記憶の中で生きている。ただ、それぞれにフィルターを持っている。思い出したくない話は出てこないように、楽しくなる話は何度でも出てくるように。都合に合わせて入れ替えられる仕組みだ。
時に書き換えも起こる。中学時代の登山の思い出を同級生と話していたら、大雨と思い込んでいた天気が晴天ではと指摘された。行きたくなかった気持ちが天気まで変えてしまったのかもしれない。
自分に好ましい筋書きに変えれば、勇気の源にもなる。クリスマスイブ、同級生が手編みのマフラーを贈ってくれた。半世紀前の記憶は事実か。確かめる必要はないだろう。
令和8年5月号

閉園した下平幼稚園の桜
令和8年4月号

土手にたたずむ木
令和8年3月号
結氷の馬見塚公園
中学校の同級生が亡くなった。大晦日、紅白歌合戦を観ていた最中にLINEが届いた。昨年の同級会で見た笑顔が浮かんだ。テレビから流れていた音楽が一瞬、止まったように思えた。
年明け早々の火葬に参列した。手を合わせ、棺の小窓から別れを告げた。柔らかなその表情は、私の知る彼女だった。昨年中頃、がんが進行していたことが分かったのだという。「見つけにくい場所だったので」ご家族は静かに話された。
「行ってらっしゃい」炉に進んでいく棺に、息子さん達が声をかけた。「ありがとう」でも「さようなら」でもない。思いがけない言葉に胸を衝かれた。
もろもろのことは受け止めたよ。後は任せて。私には、そう聞こえた。彼女が紡いできた、家族との絆の深さを思わせた。確かに、しっかりと生きてきたのだ。彼女の人生に深く頭を垂れた。
令和8年2月号

寄せ植えされたシクラメン
令和8年1月号

風にそよぐススキ
片側3車線の大通りが交わる交差点に面して、その建物はあった。午前7時半。多くの車やバスが行き交い、通勤・通学の人々は足を早める。しかし、中へ入ると静寂に包まれていた。
友好都市・台湾台中市を11月、訪ねた。帰途、台北市での朝、ホテル近くの行天宮に足を運んだ。三国志の英雄・関羽を祀り、鮮やかな赤が印象的だ。
廟色に囲まれた広場は礼拝したり、いすに座り経典を読んだりする人たちで満ちていた。しかし、大声や手を打つ音は聞こえない。黙々とひざまずいては立ち上がる祈りが繰り返される。
主君・劉備を裏切らず信義を守った関羽はビジネスの神となった。行天宮は賽銭箱がなく、独特の服装の職員もボランティアだという。寓話のような世界ではある。現実は厳しい。だからこそ人は祈る。海を越えても同じ思いが、そこにはあった。
令和7年12月号

晩秋を彩る花壇の花々
令和7年11月号

一帯を彩るソバの花
デジタル化は、さまざまな分野で膨大なアーカイブを身近にした。映画や音楽、小説などがアプリやサブスクで簡単に見つかる。古今東西の名作を、自宅で鑑賞できる時代になった。
マンガも同様だ。「天才 柳沢教授の生活」は30年ぶりだろうか。恋愛やアクションはなく、60代と思しき男性の生真面目でマイペースな日常を描く。
当時、同じ雑誌に掲載されていた、政治的主張に満ちた「沈黙の艦隊」や、人間の欲望がぎらつく「ナニワ金融道」と比べると、地味でドラマ性に欠ける。30歳前後だった私には、そう感じられた。
再会した教授と私は同世代になっていた。老人ホームに先輩教授を訪ねたり、バスで見知らぬ老人と会話したり。劇的要素はなくとも、深い人間理解が伝わる。見過ごしていた魅力を味わう機会を得られるなら、年齢を重ねることも悪くはない。
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更新日:2026年09月23日