市長コラム「雑記帳」

伊藤市長のコラム「雑記帳」は、市報こまがねに毎月掲載しています。

令和4年8月号

花壇を飾るマリーゴールド

花壇を飾るマリーゴールド

6月末、久しぶりに大阪市を訪ねた。繁華街・ミナミの警察担当を振り出しに記者の基本を学んだまち。日々起こる事件・事故に右往左往する中で、関西人のパワーに圧倒されたことを思いだした。

その一つが言葉だった。標準語では取材先と距離が縮まらない。やむなく怪しげな関西弁を使うが、話している自分が違うなあと思うほどの出来。しかも、大阪や京都、和歌山と地域ごとに違う。

記事も会話は関西弁で書いた。大阪人が「だよね」と話すことはありえない。それだけで誤報だと言われてしまう。ネイティブスピーカーでない私にとってなかなかの壁だった。

他の地域では特別な狙いがない限り、分かりやすいように方言を標準語に変えて書くのが一般的。強烈なプライドは、漫才ブームとともに全国を席巻した。誇りを持つ大事さをまさに雄弁に伝えている。

令和4年7月号

たくましく鮮やかに咲く花

たくましく鮮やかに咲く花

「B級とは違う」。地方の大衆食に光を当て、ご当地グルメのブームを起こしたWさんは話した。コンテストに数万人が訪れ、優勝すれば全国の注目を集めた。ただ、格下の料理のように「B級」と言われることには反発した。

保険代理店のWさんは飲食業とは無縁。仲間と話すうち、小さな頃から食べている地元の焼きそばは独特だと気付いた。人気を高め地域おこしにつなげようと取り組みを始めた。

各店を調べガイドブックにまとめる「Gメン」や九州の焼うどんと競う「天下分け麺の戦い」。秀逸なアイデアを繰り出し、各地の団体と連携も深め全国規模の活動に育てた。

「親しまれていることが価値」であり、その味は地域の誇りそのものだ。「B級」のはずがない。Wさんは亡くなったが、信念は今も心に残る。まちづくりは覚悟があってこそと、あらためて思う。

令和4年6月号

里に色差す花桃(中沢)

里に色差す花桃(中沢)

「彼らが最大の原因。一から変えなくては」。上京し久しぶりに会った内閣官房の官僚は話す。社会保障制度見直しの責任者として働き方改革を目指し、経団連役員らの説得を続けているのだという。

バブル崩壊後、日本は失われた時が続く。平均賃金は経済協力開発機構(OECD)によると主要35カ国中22位。コロナ後をにらみ欧米が利上げに踏み切る一方、日本は超低金利のままだ。経済力の地盤沈下は隠しようがない。

取り巻く環境が変わらないためだと官僚はみる。性別や年齢、経験、制度―。さまざまな壁が自由な活動を阻む。教育や子育ての課題も残されたままだ。

「何より昭和の思考が問題」とし、象徴が成功体験を引きずる財界首脳というのだ。返す刀でまちづくりも同じだと彼は指摘する。ずしりと重い宿題をもらった訪問だった。

令和4年5月号

春光で美しく輝く桜(中沢)

春光で美しく輝く桜(中沢)

新年度を機に仕事や勉強で環境が変わった方は多い。そろそろ1カ月。バタバタした生活が落ち着いてくる時期だ。通う道や食事をする店など、なじみの場所も増えてくる。

緊張がほぐれると別の感情が生まれる。入社や入試を乗り越え、新たな場に全力で挑む。周囲が見えてくると優秀な同期や同級生に気づく。自分は大丈夫かと不安にかられる。

記者時代、社会部に異動した私がそうだった。支局では地方版の主要記事を一人で請け負っていた。しかし、次々と起こる事件・事故に追われ、他社には抜かれる。わずかばかりあったプライドはあっという間に砕けた。

合わないのだと考えてみた。別の場なら能力は生かせると言い聞かせた。経済部へ移り仕事は楽しくなった。撤退ではなく転進。大本営発表かと言われるかもしれない。ただ、引いてみると次の策が見つかることもある。

令和4年4月号

空へと枝を伸ばす大樹

空へと枝を伸ばす大樹

春は挑戦の季節だ。入学や入社し初めての勉強や仕事をされる方も多いと思う。興奮しやりがいに心躍る一方、戸惑い失意に襲われることもある。心揺さぶられる日々が始まる。

米映画「セッション」を観た。プロのドラマーを目指し音楽学校に入った男性が、文字通り血のにじむ練習を重ねる。しかし、厳しい指導を続ける教授に不満を爆発させ、ステージで暴行してしまう。

追い込まれる男性と自分の新人記者時代が重なった。「こんなもの原稿やない」デスクが投げる。欠点は指摘せず自分で考えろという。床に散った原稿を拾い集め途方に暮れた。

今ならパワハラであり、指導方法も拙劣だ。辞めなかったのは記者への思いがあったからだろう。映画では人は強いものだと感じさせる、驚く展開が待っている。自分の将来をどう描くのか。目の前の教授やデスクに決めさせてはいけない。

令和4年3月号

じっと春を待つ太田切川

じっと春を待つ太田切川

長男が幼いころ使っていた言葉を覚えている。電車の踏切を「カンカンジブチ」、高速道路は「コスドンドン」。指差して大きな声で言うとそれらしく聞こえる。直すことなく一緒に使って楽しんだ。

成長するにつれ言葉は正確になる。反比例して愛想はなくなり声も小さくなる。反抗期の家での会話は減った。ただ、あの不思議な言葉のぬくもりは親の心に灯り続ける。

同じ場所で同じ時間を過ごしても、それぞれの思いは違うものだ。部活や仕事なら、人により異なると理解できる。しかし、親子となると、なかなかすんなりとはいかない。

「海外で働いてみる」。長男が話す。外国語大で学んだ経験を生かしたいという。見守るほかない立場になり、あの記憶が再び鮮明になる。コロナ禍で迎える春。卒業して旅立つ姿を空港で見送りたいものだと思う。

令和4年2月号

薄雪模様の市内

薄雪模様の市内

米映画「ノマドランド」を見た。映画賞の季節なので昨年の個人的ベスト10を決めたいが、そもそも見た作品が10本に満たない。残念な現実は脇に置き、この映画は心に残った。
中国出身の女性監督の作品で米アカデミー賞などを受賞。リーマンショックで疲弊した町で夫を亡くし家も失った女性が、短期のバイトで生活費を稼ぎながら家財を詰めたクルマで旅をする物語だ。
ノマドとは遊牧民を指し、定住せず移動先で仕事をする女性の姿を重ねている。最近ではオフィス以外でオンラインなどで働く人にも使われ、新たな暮らし方を考えるキーワードでもある。
「ホームレスではなくハウスレス」知人からの部屋の提供を断り、女性は宣言する。家はなくても自分の生活は揺るがないという自負だ。多様な価値観を背景に世界では、さまざまな家族の姿が生まれている。

令和4年1月号

冬枯れした散歩道

冬枯れした散歩道

泣いたり笑ったりすることは気持ちを解放するという。心躍るストーリーを求め小説を読んだり映画を見たりするのは、行き場のない感情のはけ口を探しているのかもしれない。

コロナ禍で人と会う機会が減りマスクのために表情も分かりにくい。画面越しの会話は解像度の問題もあり細かな表情は分からない。多くの人がもやもや感を募らせたと思う。

対面での会議や懇親会に久しぶりに参加すると、会話以外の情報量の多さに驚く。しぐさや表情の変化から、相手の気持ちの動きが分かる。話さずとも見つめ合えば伝わるものは本当にあるのだ。

ただ、アナログに郷愁を感じるだけでは、ウィズコロナを迎えられない。IT技術と人がふれあう交流を組み合わせ、新たな舞台をつくらなくていけない。互いに思いを受け止め、時には泣き笑うことができる一年としたい

令和3年12月号

視界に広がる秋の錦(光前寺)

視界に広がる秋の錦(光前寺)

11月、赤穂、中沢、東伊那の各公民館で開かれた文化祭をのぞいた。天候に恵まれ、多くの笑顔に会えた。改築して初開催となった赤穂公民館ではステージでの発表も行われ、演奏や歌声が響いた。

コロナ禍でできなかった行事が復活しつつある。会場に足を運び、作品を見たり演奏を聴いたりして実際に味わうことの良さを感じた。同じ場を共有することで人の思いは一層強くなるのだろう。

オンラインによるコンサートは、感染防止とライブ感の両立を目指す窮余の策だった。ステージではできない演出を加えて完成度は高まったが、観客とのコミュニケーションは生まれようがない。

亡くなった落語家、柳家小三治氏は枕といわれる導入部の巧みさで知られた。原動力は目の前の客や会場の空気だったはず。多くの人が出会い語り合う文化祭は「生」の大事さを思い出させてくれた。

令和3年11月号

秋風が運ぶキンモクセイの香り

秋風が運ぶキンモクセイの香り

通勤途中、小中学生のみなさんとすれ違う。今はクルマで通る道を半世紀前、私も歩いていた。一瞬、制服を着た自分が見える。あの頃、どんな未来を描いていただろうか。

複数の世界が存在するパラレルワールドという考え方がある。隣の世界では周囲の環境が同じだが、自分は違う暮らしをしている。迷い込んで別の自分に会い戸惑う。SF小説で人気の設定だ。

東中の生徒さんら若者と語る機会が続いた。自由な発想で飛び出す提言は刺激的だ。そのアイデアを実行したら、どんなまちになるのか。駒ヶ根市のいくつものパラレルワールドが生まれてくる。

ただ制約はある。一つの世界に二人の自分はいられない。まちづくりも一度にできる戦略は限られる。「そっちの世界は楽しい」。制服姿の自分がハンドルを握る自分に尋ねる。胸を張れる答えを探し続けないといけない。

令和3年10月号

秋を告げる色彩豊かな花々

秋を告げる色彩豊かな花々

コロナ禍で正常性バイアスという言葉を聞く機会が増えた。危機に直面しても自分は大丈夫と思う心理をいう。平静を保つ力になる反面、災害から逃げ遅れる恐れもあり危機対応の鍵と注目される。

経験のわなから逃れることは難しく信じたいものを信じがちだ。しかも、未知のウイルスは姿を変え新たな攻撃を仕掛ける。昨日の成功体験が今日は通用しなくなってしまう。

そこでアジャイルという言葉が登場する。素早い対応を指しIT産業で使われる。ソフトウエアは使いながら改善していく。最初から完璧を求めず、ユーザーの声を入れ改良していくやり方だ。変化の速い業界ならではの割り切りといえる。

先が読めないコロナ禍で行政も、こうした感覚が重要となってきた。固執せず原則は譲らない。両立させるには柔軟さが肝心だ。危機は戦略を磨くことの大事さを教えてくれる。

令和3年9月号

里を見守る宝剣岳

里を見守る宝剣岳

元上司が亡くなった。部長、編集局長、役員を務め長く見守っていただいた。何より、私が通信社で楽しく仕事をできる場を作ってくれた人だった。
決して否定から始めなかった。首をかしげながら最後まで話を聞いた。こちらの思いが理解できれば、実現に向け修正や追加する要素を一緒に探した。穏やかな態度を崩さずに。

私が提案した企画に軋轢が広がったことがあった。彼は関係者を集めて会議をし、責任者として自ら説明した。取り繕わず目指す先を示したことで、共感が広がり企画は軌道に乗ることができた。

市長選の最中に、手伝うよと現れたことがあった。編集トップを務めた経歴はおくびにも出さず、楽しそうに雑用をこなした。何も返せなかった至らなさを抱え、生きていくこと。あの笑顔に報いるすべは、ほかにない。夏の日差しを一層強く感じた。

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更新日:2022年07月20日