駒ヶ根市

光前寺の早太郎伝説と大般若経

●所在地・・・赤穂北割ニ  ●所有者・・・光前寺

早太郎塚  
早太郎塚  
 光前寺、三重塔の傍らに塚があり、その上に石の玉垣に囲まれ、五層に石を重ねた苔むした墓がある。早太郎伝説で知られる早太郎の墓である。また三重塔の東に早太郎の像があって、傍らに「霊犬早太郎由来記」が記してある。
 「早太郎は別にへいぼう太郎の名に呼ばれ、光前寺に成長して性甚だ精悍怜悧(せいかんれいり)であった。今から六百五十年前の或日、遠州見付(えんしゅうみつけ)天神社の社僧弁存(べんぞん)が寺門を尋ね請(こ)うて云うに、当社に人身御供(ひとみごくう)の神事があり、妙齢の婦女を犠牲(ぎせい)にし従わざれば忽ち災厄身に及ぶを以て、里村の者悉く恐怖す。一夜密(ひそ)かに社殿に窺(うかが)えば将(は)たして一怪物現われ、信州光前寺へいぼう太郎に知らせるなと口吟(ずさ)みつつ踊り、厳(げん)に早太郎を恐れ警戒す。希(ねがわ)くば往きてこれを退治し里民の難を救わんことを望む。早太郎勇躍して見付に至り、即ち自ら白木の櫃(ひつぎ)に入り人身御供とし社殿に運ばる。夜更けて怪物現われ櫃を破る。早太郎躍り出で激闘(げきとう)数時遂にこれを殲(たお)す。夜明けて里人大挙して至り見るに、庭前惨として白毛を生じたる年古るき狒々(ひひ)の残骸が横たわって居た。斯くて早太郎は天竜山谷を一気に長駆して帰ると伝えらる。」 (「霊犬早太郎由来記」碑文)より

タイトルなし
大般若経
大般若経
 早太郎の伝説を記したものに、光前寺には『不動尊縁起本聖上人伝(ほんじょうしょうにんでん)』(墨書(ぼくしょ)、漢文体、寛政五年)他3本があり、『信濃奇勝録(きしょうろく)』(天保6年井出道貞著)にも載っている。口碑(こうひ)として民間に伝わる話もあった。伝説に関わる紙本墨書(しほんぼくしょ)、折本(おりほん)、大般若経600巻(昭和62年8月調査時点で一部を欠く)が納められている。当大般若経の由来を、各丁の奥書その他記録によって見ると次のようになる。
 成立は正和5年(1316)鎌倉時代北条高時執権のときである。同年4月8日、一実坊弁存が6年の歳月をかけて書写した大般若経600巻を、遠江(とうとうみ)国府中にある北野天満宮に奉納した。これは光前寺の早太郎が怪獣を退治し、見付の村人の難儀を救ったことへの報恩の為と伝えられている。それから20年下った建武2年(1335)2月26日、舎弟である淡路亜阿闍梨(あじゃり)光尤が全巻奉読の供養を行った。さらに早太郎報恩の由来をもって、遠州見付天神社より光前寺に奉納されるのであるが、その年代については明らかでない。寛政4年(1792)当時欠けていた142巻を書き足し、古い経巻に裏打ちを施し、巻子を折丁に改め表紙を付けるという大補修を行った。この補修には近在の識者25人が参加し、翌寛政5年(1793)に成就(一部は享和2年まで)している。その翌寛政6年に大開帳を行ったとある。 補修のとき10巻を一組で60組とし、組ごとに天・地というように千字文の1字を付けた。見付天神社は現静岡県磐田市矢奈比売(やなひめ)神社である。昭和42年(1967)早太郎が取り持つ縁によって、駒ヶ根市と静岡県磐田市との間に友好都市締結の調印がなされた。

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