駒ヶ根市

秋葉神社本殿


タイトルなし

秋葉神社平面図
秋葉神社平面図

●所在地・・・中沢中割

タイトルなし
 蔵澤寺の裏から山の尾根道をたどり、前宮を経て、さらに急な246の石段を登りつめると”秋葉ツルネ”の頂上に出る。そこには、静寂な木立に囲まれた社殿が鎮座している。
 社殿の構造及び形式は、一間社流(いっけんしゃながれ)造向拝唐破風付き、屋根は柿葺(こけらぶき)、垂木は扇垂木(おうぎだるき)となっている。母屋(もや)は円柱、向拝はケヤキの角柱、この柱に昇竜と降竜の彫刻がしてある。妻には猪目懸魚(いのめげぎょ)、棟には鬼板を置き、妻の大瓶束(たへいづか)にかわって雲形の彫刻に置替えているのが特徴である。大貫(たいぬき)(木鼻付)斗栱(ときょう)は和様の二手先(ふたてさき)、母屋と向拝は海老虹梁(こうりょう)でつなぐ。母屋正面中央に脇柱を立て、桟唐戸(さんからど)を入れ、その左右母屋柱との間に、彫刻の施された枠を置く。縁には擬宝珠勾欄(ぎぼうしゅこうらん)をめぐらし、袖障子には絵画が描かれていたが現在は剥落している。
 棟札によると、社殿は文政2年(1819)諏訪の小口直四郎が手がけたものである。直四郎は、立川流彫刻建築を頂点に到達させたといわれている二代和四郎富昌の弟子で、師匠に遜色のない技量の人といわれている。この社殿は小祠ではあるが一般的な社殿建築と変わらぬ本格的手法に終始している。現在は簡単な鞘堂内に納まっているが虫害が甚だしいのが惜しまれる。
 この秋葉神社の総本社は、鎮火防火の霊場として有名な、静岡県の秋葉神社で、火伏(ひぶせ)を主とした秋葉代参講は江戸時代中頃から関東一円に広まったといわれている。秋葉神社の由来については『中沢村誌』などによると、享保年中、当時の高見村において村の入費割付けをめぐって、村の名主層と農民の間に大きな争いがあった。また村で山林利用権などの問題をめぐっても長い間争いがあった。これらの問題がすべて円満解決したことを記念して、さらにはその頃、村の町通りに起こった大火の再発防止をも含めて、享保十一年(1726)神社を勧請したものだという。したがって現在の社殿はその後93年たってから建てられ、前記前宮と石段は、さらにその30年後に完成した。

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